rock in 2日目に行ってきました。ずっと曇りで良いのに。ってぐらい雲がありがたかったです。昼晴れ、おやつは文明同の15時前後にはゲリラ豪雨、16時晴れ、17時小雨、18時以降、晴れみたいな感じでした。楽しかった。どぅえす。
まあ、rock inのことや、一緒に行った友人の年収がヤバいことや、これまた友人が最近、tic tocで1日が終わってしまうみたいなことについてはまた別の日に書こうと思います。書かないかも。
書かずに今日は他のことについて書こうと思っています。
0から1に拘らない
これは自分に向けたメッセージです。オリジナルを作ろうと思うなと。
無理してオリジナル、つまり0から何か1を生み出すってことに拘らなくて良いのではないかと。それよりも、1から2、1から100みたいなことに拘ったほうが良いのではないかと思いました。
料理をしていまして
と、言っても簡単なパンを作ったり餃子作ったりしているだけです。そして、ふとパンとかこれ自分で作ったんだ凄いな俺、、、と思ったんです。ただ、そう思ったけど、けど、だけど、
いやでも俺、小麦粉から作ったわけでもないしな
だし、牛を育てて、そしてその牛をひき肉にしたわけでもないしな
と思ったんですよね。あくまで既に作られた小麦粉やら、ひき肉やら、ねぎやら、を使って、先人が編み出した料理、パンやら餃子を作ったわけですね。
で、別にそれって凄くともなんともないな。。と思ったけど、けどですね、
もはや牛や小麦を創り出した人なんていないわけです
なんです。多分。で、あれば、無理して0から何か1なるものを作らないと本当の作物と言わないのではないか?と思わなくても良いのではないかと。まあ、ピアノなどをはじめとした人工物は誰かが創ったものですね。それでも、楽器類やら美術系の道具とかを創り出した人はそんなにいないでしょう。と思ってます。つまり0から1を作った人はそんないないのでは?と思うのです。
1から100に拘る
例えばですが、自分の好きなアーティストであるアジカンは、とても素敵な曲を作ってくれました。そして、それはギターやドラム、ピアノやベース、他打楽器等で演奏されています。アジカンは、上記楽器から作って曲を作ったわけではなく、既存の楽器を使用し、恐らく、既存のアーティストから何かしら影響を受け、新しい自分達の曲を作ったのではないかと思うのです。
なので、自分にもこう言い聞かせます。無理して0から1を作るのではなく、既に先人が作ってくれたもの、先人ではなく、会ったことがない人が作った、殺した、小麦粉やひき肉を使って、自分の心を満たす、パンや餃子を作れれば良いと思いました。
そしてそれが、大勢の人ではなくとも、少なくとも自分ではない他の人の心も満たせるのではあれば、それはそれで素晴らしいことなのではないかと思った今日、この頃です。
とは言いましたが、他の人の心は満たせずとも、自分自身の心を満たすことが出来れば、良いのではないのかと、ちょっと思いました。なぜなら、自分自身の心を満たすことが出来れば、関節的に相手の心を満たしはせずとも、ほんの少し潤すことは可能だ、と思ったからです。
なので、何か0から1を作らないと、、て思って結局何も作らないのであれば、そんなことはどうでもよくて、どうでも良いと言うか、そんなこと言うならば何でも良いから作ってこう。と、ちょっと思った感じです。
おっぱい。